本場料理人が伝えたい、あんこう鍋が美味しくなるレシピ|茨城県大洗

あんこう鍋レシピ・美味しいコツ

冬の鍋の代表格である『あんこう鍋』。シーズンが到来するとスーパーの鮮魚売り場や通販で購入すれば、自宅で手軽に楽しむことができる家庭料理の一つです。ネットや書籍にはさまざまな簡単レシピが溢れていますが、せっかくのご馳走を失敗せずに美味しく食べたいもの。そこで鍋好き主婦ライターの米村優子が、”あんこう鍋の本場”である茨城県大洗町を訪ね、美味しいあんこう鍋のコツを学んできました。

鮮度の良い生のあんこうは
こんなに優れている。

左の艷やかな薄ピンク色が生のあん肝、右の赤褐色のものは冷凍物。冷凍すると脂が分解して浮き出て変色してしまう。生の方は柔らかく、風味豊かで生臭さがない。

鮮度がいい白身は身がしまっていて、美しい飴色をしている。冷凍品は白っぽく、弾力がなくなり、調理中に指が貫通してしまうほど、身がボソボソになってしまう。

今回、『あんこう鍋』の作り方を教えてくれたのは、大洗町磯浜町の割烹旅館さかなや隠居の六代目の大里幸三さん。『大洗あんこう鍋』を手掛けて20年のベテラン料理人です。期待が高まる中、早速あんこうの食材選びからレシピまで丁寧に解説していただきました。
 まず大里さんが用意してくれたのは、あんこうの白身、皮、ヒレ、卵、エラ、肝、胃。これは『七つ道具』と呼ばれ、あんこう鍋に必ず入れる定番の部位なのだそう。そして豆腐、シイタケ、ネギ、春菊、エノキ、しらたき、白菜。飾り用の花型にんじんもあると、彩りがグッと増して食欲をそそります。
 大里さんが持参した『七つ道具』は、スーパーでよく見かけるあんこうとは違って、どれもプリプリと艷やか。身もしっかり付いていて、骨も少なく、食べごたえ充分な様子です。
 「あんこうは骨と腸以外は食べられるのですが、顔や唇など食感や味がいまいちな部位もある。海外産の多くは、体が小さいものばかりなので、そういった部分も丸ごと入っているし、身が少なくて骨だらけ。しかもあんこうは冷凍すると、弾力と食感も損なうし、独特な臭みが染みついてしまうんです。だから出来れば、大洗の魚市場で仕入れた鮮度の良い生のあんこうを使っていただきたいですね」と大里さん。実際に生と冷凍物を比較すると、見た目、触り心地、匂いも、確かに雲泥の差。「料理は素材が命」とはよく言いますが、ここまでとは!と驚きでいっぱいです。

根気強く雑味を除去するほど、
あんこうの旨さは研ぎ澄まされる。

あん肝は約2時間、流水で血抜きをした後、全体に塩をたっぷり振りかける。これにより余計な水分やえぐ味を取り除き、あん肝の持つ本来の旨味を引き出す。

鶏軟骨のようなコリコリとした食感がたまらないエラ。赤いエラは鮮度が良い証。これが真っ白になるまで、包丁や歯ブラシを使ってヌメりや汚れを落とす。

大きめサイズの鍋に湯を沸かし、2切れずつ程度をサッと数秒、湯引きをする。これによって、各部位の汚れや臭みが洗い流され、きれいサッパリな状態に。

ご存知の通り、あんこうは海底に生息しているヌメリ気が強い魚。どうしても水洗いだけでは落としきれない汚れや臭みなどがあります。そのため、『あんこうは鍋に入れる前、必ず湯引きをする』というのは世間一般でも広く知られるところ。一口サイズにぶつ切りにして、次々とお湯にくぐらせればOK!と思いきや、あんこうは一筋縄ではいきません。大里さんは「あんこう本来の旨味を引き出すために、事前に汚れ、えぐ味、雑味、臭み、余計な水分やヌメりを徹底的に取り除く。湯引き前の下処理が非常に大事なんです」と力説します。
 まず最初に始めるのは、あん肝の血抜き。「あん肝の良し悪しで味が決まる」と言われるほど、最も大事な部位です。包丁で切れ目を入れて、身がほぐれない程度の力を加えて、雑味となる血を押し出す。それから2時間、流水にさらす。終わった後はザルに上げ、全体に塩をたっぷり振りかけて、7、8分置く。そして塩を水で流し、キッチンペーパーで水気を取って、ようやく肝の下処理が完了です。
 次はエラのヌメり、汚れ落とし。赤い部分が白くなるまで、包丁や歯ブラシで根気強くガシガシと削ぎ落とします。それから皮、ヒレ、卵、胃の汚れや余計な血管、膜などを取り除き、全て軽めに塩を振って、しばらく置いておきます。あんこうは、こうしたひと手間、ふた手間を経て、ようやく調理することができるのです。
 大里さんは「卵のこの黒い筋は雑味になるので取ります」「皮は表面の汚れをちょっと落とすだけで大丈夫ですよ」とテキパキ判断していきますが、素人の主婦にはその取捨選択の判断がなかなか難しいところ。研ぎ澄まされた味にたどり着くためには、素材に対する的確な知識、経験も必要なのだと実感しました。

本場の味を再現する鍋つゆレシピ。
一晩寝かせれば尚旨い。

下処理をしたあん肝をまな板の上に乗せ、包丁で豪快に叩いて、みじんに刻む。そして、ペースト状に近くなるまで細かく刻んでいく。

熱したフライパンに、刻んだあん肝をそのまま入れる。すると肝の脂が滲み出て、焦がしバターのように泡立つ。そこに酒を少々入れて、甘味を加える。濃厚な香りが鼻孔をくすぐる。

フライパン内のあん肝ペーストと同量の味噌を加える。味噌は田舎味噌、白や赤味噌などお好みで。大里さんは複数の味噌を組み合わせ、その他にも隠し味を加えているのだとか。

さて、次はいよいよ鍋つゆ作りへ。『あんこう鍋』は全国的にみると醤油ベースの割合が多く、市販のスープも登場し、スーパーなどで購入することができます。そんな中、大洗ではあん肝を使った味噌仕立ての鍋つゆが主流となっています。
「あんこうの旨味を余す所なく味わえる一番の汁。うちの店に代々伝わる鍋つゆを教えますよ」と秘伝の鍋つゆレシピを大公開してくれました。
 血抜きをしたあん肝さえあれば、その作り方は至って簡単。あん肝をみじんに刻んで、こびり付きにくいフライパンで炒めるのですが、あん肝自体に脂分がたっぷりと含まれているので、サラダ油などは余計な油分は不要です。あん肝の脂分が焦がしバターのように泡立ったら、酒を少々入れ、まずはあん肝ペーストが完成。そしてあん肝ペーストの約4倍の量のかつおだしを入れて煮立たせ、あん肝ペーストと同じ量の味噌を溶かせば、本場の鍋つゆの出来上がりです。
 つまり、あん肝ペースト1:味噌1:かつおだし4。下処理したあん肝を確保するのは少々ハードルが高いかもしれませんが、その他はどこの家庭にもある調味料。この黄金比を守れば、誰でもお店の味が再現できるのです。
 「もちろん、このまますぐに使うことはできなくはないです。でも一晩寝かせると味が落ち着いて深みが増して、〆の雑炊まで至福のひとときとなりますよ。だから、一日前に作ることをオススメします」。
 なんと鍋つゆは、前日からの下準備がベターとのこと。シンプルな料理ほど、こういうひと手間が後々響いてくるのですね。『あんこう鍋』は一日にしてならず。“肝”に銘じておきましょう。
鍋つゆの下準備、あんこうの下処理が終わり、完成まであと僅か。「『あんこう鍋』は準備が9割。ここまで来たら後は煮るだけです」と大里さん。いよいよラストスパートです。
 酒蒸ししたあん肝を含む『七つ道具』、野菜類、前日に準備したつゆを鍋の半分ほど入れて、まずは弱火でじっくりコトコト煮込みます。途中、具をひっくり返して混ぜることもお忘れなく。具材からたっぷりと水分が出てきたら、中火に強めます。そして5分ほど経ったら完成です。

完成したばかりの鍋つゆを味見。かなりしょっぱくて、思わずしかめっ面に。しかし、あんこうや野菜の水分、旨味と混ざり合うと、飲み干したくなる汁へと変化していく。

作業途中、大洗とあんこうの歴史や、漁師が船の上で食べていた『どぶ汁』がルーツとなり『濃厚な肝入り味噌仕立てのあんこう鍋』が町の名物料理になった経緯も学んだ。

最初は弱火でじっくり。食材の水分が出てきたら火を強め、全ての具が煮えたら出来上がり。最後に酒蒸ししたあん肝を添えて、本場の『あんこう鍋』が完成。

旨さ染み渡る試食。より旨さを求めるなら
「あんこう鍋のまち」大洗へ

「大洗の『あんこう鍋』は地域が誇る冬の代名詞。各店舗で個性を出しながら、この伝統を守っていきたいですね」と大里さん。

家庭で作る『あんこう鍋』のポイント

  1. 市販の冷凍物ではなく、魚市場で購入した生のあんこうを使うのがベター。
  2. 湯引き前に『七つ道具』を丁寧に下処理をする。
  3. 鍋つゆの黄金比は、あん肝ペースト1:味噌1:かつおだし4。
    ただし一晩寝かせるのが◎。

待ちに待った試食タイムへ。白身はフワフワで、厚みがあり食べごたえも充分。ヒレや皮は瑞々しくてぷるるん、エラはコリッコリ。濃厚な肝入り味噌の汁が五臓 六腑に染み渡り、思わずため息。何度でも食べたくなる、癖になる味わい。「日本酒があったら言うことありませんね」「フフッ!そりゃもう、間違いないです ね」と互いに笑みがこぼれます。『七つ道具』を食べ尽くした後、心の底から「ご馳走様でした」を伝えると、大里さんはこう熱く語ってくれました。
 「鮮度の良い生のあんこうを調達すること。丁寧に『七つ道具』の下処理をすること。前日に鍋つゆの下準備をすること。どれも一般家庭では難しいかもしれ ません。しかしそのようなポイントを押さえれば、あんこうが本来持つ際立った味わいを堪能できるのです。本物のあんこう鍋の旨味を知っていただけたら嬉しいです。」
 地域が誇る海の幸を、真っ直ぐ、美味しく、味わって欲しい。大洗で生まれ育った大里さんの思いがひしひしと伝わってきました。冬が来たら一度、本場大洗町の『あんこう鍋』に是非チャレンジしてみてはいかがでしょうか?
 そして、より磨き上げた一杯でこの上ない幸せを感じたくなったら、大洗に訪れてみて下さい。そこにはいつでも『あんこう鍋』へ真摯に向き合う料理人達がお待ちしています。

料理人 大里幸三

1978年、大洗町磯浜町生まれ。雅な和の風情と海の幸が心ゆくまで味わえる「割烹旅館さかなや隠居」の六代目。老舗の伝統と技を引き継いだ魚料理の数々は、多くの人々の舌と心を魅了している。あんこうの好きな部位は皮。「コラーゲンたっぷり。コリコリの食感がたまりません。共酢和えも最高ですよ」

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