湯上がりのひとときを心地良く過ごすために、これほどまでに心配りをしてくれる宿は珍しい。素足で歩く杉赤身材の心地良さ。さりげなく置かれた飲み物。まどろみを誘うハイバックチェア。リラックススペースと名付けられたこの場所は、中から外を眺めるようにすると、海との距離感がちょうど良い。本を読んだりするのも悪くは無いが、物思いに耽る、というよりも心を無にして、リラックスした時間を過ごしたい。何もしない贅沢な時間が静かに流れて行く。

素朴な木の質感は、それだけで癒し効果を感じる。何もせずにぼんやりしたり、暖炉の火を傍らにまったりしたり、海を眺めながら心静かに過ごしたり・・パブリックスペースの過ごし方は人それぞれだ。大事な人とささやくような会話をしても良いし、一人の時間をとことん楽しんでも誰にも文句は言われない。チェックアウトはお昼の12時とゆっくりだ。元気に飛び立つためには羽を休める時間が必要だし、そんな時間を与えてくれるのがこの場所なのだろう。

干物の盛り付けで感動したのは生まれて初めてだ。目の前が海だが、波音は心地良いボリュームのBGMぐらいに調整されている。計算し尽くされた防音設計に脱帽する。海を見下ろすような桟敷（さじき）の広間でいただく朝食は、どれもこれもおいしかった。漁港まで歩いて10分、農園まで車で10分という恵まれた立地条件を存分に活かし、近郊で手に入った極上の食材を手間ひまかけて料理してくれる。見た目も美しい最上級のおもてなし料理だ。

時間帯や天気によってBGMを変えてくれるなど、きめ細やかなサービスがうれしい。プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選の『日本の小宿』部門で選ばれるほど高い評価を受けている宿だが、こちらに寄り添ってくれるようなさりげない接客に好感が持てる。『里海邸』としてリニューアルしてから間もないが、元々は『金波楼』として明治時代から続く歴史ある宿。その間、磨き続けられてきた、一朝一夕では出来ない接客の心意気を感じる。